心地よさの追求。
不快の発信も大事なんだけど、
もっと大事なのは、
自分にとっての「快」を知ること、感じること、発信すること。
自分が嬉しいことって、何か知ってる?
私、あんま知らなかった。
たくさんの人といることが楽しいと思ってたけど、
実は、気疲れしてる自分もいる。
去年、九星気学の星回的に、「動きづらい年」だったから、
いっそ動くのやめよって思って、
会合への参加を減らしたら、めっちゃ快適だと気付いた。
おいしいものを好きなだけ食べるのが幸せだと思ってたけど、
どうやら私の適量は、わりと少なめらしい。
これは、玄米生活を始めてわかったこと。
お金=愛と思っていたけれど、
約束をないがしろにされたら、悲しかった。
その相手はいつも私にプレゼントをくれる。
お金=愛、それだけじゃないと気付いたのは、
相手が私との約束を軽んじた上に、
プレゼント選びが雑だと、薄々気付いてたことを、
私が認めたから。
プレゼントも、本当に私のこと思って選んでくれたんだなって、
わかる選び方だったら、
きっとなんとも思わない。
そういうの、ちゃんといちいちピックアップして、
感情を感じる意識をするようになったのは、
この子がいつも出るから。
白い柱(善)と黒い柱(悪)に挟まれて、
法律書(TORA)を持って、迷っている。
でも、決めるのは自分よね。
その判断材料はなんなのか。
自分が、キモいと感じるか、キモくないと感じるか。
自分が、いいと思うか、よくないと思うか。
自分が、好きか、嫌いか。
自分の感情、気持ちなんだよー。
嫌なものは嫌。
好きなものは好き。
それを認めた上で、やるのと、
ごまかしたりわからなかったりして、やるのとは、
全然別よ。
私はまだ、嫌なものを感じてからしか、
自分が好きなものに気付けないわけだけど、
今後は、すっと好きなものを感じられるように、
もっと感性・感度を上げていく♪